『』

読んで共感しちゃう人間はさぞ生きづらい人生を送っていることでしょう。僕の仲間です。

自殺は自殺者に取って良い選択である

自殺する人の気持ちを自分なりに考えてみた。

ここでは例をあげないが、様々な理由で精神、心が削られた人間の視界は徐々に狭くなる。

心と身体は密接な関係にあるからだ。

視界が狭まった先に自殺があるのだ。

自殺者に取って、自殺とはその人にとって人生をより良くする最善の一手なのだ

この感覚をわからない人間がいる

視界が狭まるとはどういうことなのか

心が削られるとはどういう感覚なのか

 

例えば、今日この後車にはねられ、脊髄損傷からの全身麻痺が起きたとしよう。

 

もう仕事は続けられない

好きな所へ自分の足ではいけない

それどころか、死ぬまでベッドの上である。

一生誰かの世話にならねばならない

 

どうだろ。自殺を視野に入れるのは当然ではないだろうか。

この患者に貴方は、

探せばもっと良いことがあるよ!人生はもっと楽しいよ!

と、声を掛けられるだろうか。

 

無理だろう。

 

ではなぜ、精神的に追い詰められた人間には言えて、肉体的に追い詰められた人間には言えないのか。

 

それは、辛さがわかりやすいかどうかの違いだろう。

 

 

話を戻す。自殺は自殺者に取って最良の一手である。と自分は考える。

向上心のある人間の行動である。

 

筋トレ、勉強、婚活

それらと何ら変わらない。上記の行動は全て、人生をもっと良くしたい人のする行動だ。

1から2にする行動だ

この数字はいわば、人生の幸福値と呼ぼう。

 

昇進すれば、結婚すれば

この数値は上がると誰しも思っている。

だから勉強する。努力する。身だしなみを整える。

 

自殺者も同じではないだろうか。

-1を0へと。

 

死は無になることだと言う人もいる。

数学的に無と0は別物だが

 

感覚的には

負の値よりは数が大きいように見える。

 

生きてるだけで辛い

幸福度がマイナス

 

そんな人間が

そして向上心の高い人間が

マイナスを減らそうとした結果が

自殺なのではないだろうか

 

だから、自殺する人は心が弱いとか

相談してくれればとか

検討違いも良いところだ

 

自殺する人間は強い人間だ

場所が違えば輝くはずだった人間だ

 

なぜなら幸福度を上げようとする人間は

 

一人残らず努力家だからだ

心の弱さは関係ない

彼らはただ

幸せになりたかっただけなのでは

 

自殺をバカにする人間は

 

努力をバカにする人間に他ならない

 

幸運で生かされているだけの

 

ただのバカだ

 

バカを認識できない

 

本物のバカだ

 

なんて

バカに腹を立てたところで時間だけが過ぎる、大損な行為なので

バカについては忘れることにする

 

この文章と共に